兵庫県震災復興研究センター

阪神・淡路大震災の直後の大混乱の中で、いち早く被災者の暮らしの復旧、被災地の復興を目標として、日本科学者会議兵庫支部と兵庫県労働運動総合研究所が共同で個人補償の実施を中心内容とした「震災復興のための提言」を1月 29日に国と被災自治体に提出しました。そして、この2つの研究機関を母体に1995年4月22日、兵庫県震災復興研究センター(震災研究センター)が設立されました。

台風12号による被害の特徴、特に深層崩壊について

台風12号による被害の特徴、特に深層崩壊について

2011年9月21日  田結庄 良昭

1.被害の概要と過去の被害
台風12号のスピードが遅く、南東風が紀伊山地に長時間吹きつけ、連続雨量千数百ミリ、奈良県上北山村では連続雨量が2436ミリにも達する驚異的な雨量に達した。被害が大きかった熊野川の水位は和歌山市新宮市相賀の水位観測所で4日午前2時に18.77?を記録し、1959年の伊勢湾台風時の16.4?を上回り、過去最高を記録していた(朝日新聞、9月6日)。いかに連続雨量が大きかったかを示している。そのため、死者37名、行方不明者56名(毎日新聞、9月6日付け)と伊勢湾台風以来最大の風水害による犠牲者をだした。被害者の多くは洪水よりも裏山の斜面崩壊や土石流による被害であった。


このように、今回の災害の特徴は長期間の降雨とそれによる土砂災害、すなわち、紀伊山地では150箇所にも及ぶ斜面崩壊、土石流が発生し、それらが河川本流に入り、流れを変え、溢れさせている。紀宝町では高さ9.4mもの堤防を超えて家屋に浸水している。さらに、深層崩壊で大規模にくずれた土砂が河川をせき止め天然ダム(土砂ダムあるいはせきとめ湖)が形成され、現在14箇所形成され、そのうち4箇所で決壊の危機にある(朝日新聞、9月17日)。


農林水産省は9月20日、台風12号による農業用施設や林道など農林水産関係の被害額が534億円であると発表した。内閣による激甚災害指定は通常被害総額を算定した後発令されるが、現地での被害調査が困難なため、9月20日の内閣で指定が行われ、被災に伴う公共土木施設や農地の復旧事業に対する国庫補助率がかさ上げされることになった。


台風12号では紀伊山地だけでなく、兵庫県西南部でも大きな被害をもたらした。6千数百棟が床上・床下浸水を被り、一人の方がなくなった。この中で被害が大きかったのは高砂市で600棟以上が床上浸水(兵庫県発表)するなど大きな被害に見舞われた。また、加古川市姫路市でも床上が128棟、278棟、床下が357棟、846棟(兵庫県発表)と甚大な被害で、加古川市では土石流も発生し、死者が1名でた。兵庫県では詳細な被害認定が完了していず、災害救助法や生活再建支援法などの公的支援が受けられていず、農業や農地被害も深刻でるが、被害額は未定である。


なお、紀伊山地はこれまでもたびたび台風による風水害に見舞われ、1889年(明治22年)十津川災害では国土交通省の報告によれば、降雨量が約1000ミリで、移動土塊量が約2000万立方?、死者が1492名に達し、天然ダムが約53箇所形成されるなど未曾有の被害に見舞われた。特に奈良県十津川村では1889年の台風で死者が168名、267棟が流され、斜面崩壊が1800箇所、天然ダムが37箇所にも及ぶ大震災であった。そのため、北海道への集団移住を余儀なくされた。

 

2.深層崩壊とは何か
深層崩壊とは表層から深部までの岩塊が大規模にくずれる崩壊で、すべり面の発生が深い所にあるため、表層だけでなく深層の地盤も崩壊土塊となり、規模は大きくなり、崩壊土砂量は数万から数千万立方?から1億立方?あるいはそれ以上で、多くは10万立方?以上に達し、被害が大規模となる。今回、紀伊山地で天然ダムを形成した崩壊はこの深層崩壊と言われている。一方、六甲山地などでよく見られる崩壊は0.2−2.0mのごく表層での風化したマサ土層と深部の花崗岩岩塊の間で崩れる崩壊で、表層崩壊と称されている。


深層崩壊が何故起こるのかは、まず第1に長期間の大雨により雨水が岩盤の割れ目を通じて地下深く浸み込む。その結果、地下の岩盤の割れ目が雨水で満杯となり、それらが地下にとどまり、そのため割れ目中の水圧は高くなり、浮力を受け滑りやすくなり、限界を超えると一気に深層から崩壊する。このように、深層崩壊は長期間の連続雨量とその末期での短時間の集中豪雨が引き金となり、岩盤自身のクラック(亀裂)やクリープ(斜面の非常にゆっくりとした滑動)の発達で生じる。クラックは一般に形状が不規則で連続性に乏しい。クリープは斜面表層が重力によって長時間ゆっくり滑るので、地層面が斜面近傍だけ局部的に緩傾斜となる。大規模なクリープ帯では末端崩壊が生じ、大規模なクリープ性崩壊に発展する場合がある。すなわち深層崩壊が生じる。クリープやクラックの形成は地殻運動によるのが主体であるが、クラックの一部は地震動に伴う剪断破壊や融雪現象でも割れ目が生じる。雨量は通常の雨量では生じないが、400ミリを超える雨量では深部の岩盤まで降雨が達し、岩盤は不安定となる。

 

3.深層崩壊を発生しやすい地質
それでは深層崩壊が生じやすい地質や地形はどの様なものであろうか。まず、地層の折れ曲がりなどに表れる岩盤クリープが発達し、それに起因する微細な盛り上がり地形(はらみだし地形)や2重山稜が見られることや雨水など浸みこみやすい深部まで達するクラックが発達していること、さらにその他の要因として地層や断列面の分離面が地表の斜面の傾斜と同方向で滑りやすい流れ盤をなしていることなどがあげられる。事実、奈良県十津川村長殿地区、五條市大塔町、和歌山県田辺市熊野地区などでも流れ盤であった(朝日新聞、9月16日付け、齋藤真氏の談話)。地層は褶曲やクリープが生じると、地層は曲げられ、はらみだし地形が見られ、滑動の過程でクラックが入りやすくなる。その原動力は中央構造線などの地殻の構造運動によっている。流れ盤の場合、地層面境界に雨水が浸透すると不安定となり、容易に斜面に沿って滑動する。


今回深層崩壊が生じた熊野川上流の奈良県十津川村五條市大塔町、和歌山県田辺市熊野付近は地質的には付加体堆積物である砂岩、泥岩の互層からなる。この地層は白亜紀(8千ー9千万年前)の四万十帯日高川層群の美山層に属する。過去に海溝付近で堆積したものが地殻運動で上昇し山地となったため、クラックやクリープが発達している。特に、泥岩層では多数のクラックが見られる。なお、ここで付加体とは海溝付近の堆積物が大陸プレートに付加されたもの、すなわち海洋プレートが大陸プレートに沈み込む際、軽い砂岩や泥岩が大陸プレートに付加されたもので、それが地殻運動で隆起し、山地となったものであるため、複雑に褶曲や変形を受け、多数のクラックが発達している。さらに、多くの地域では砂岩泥岩五層中に石灰岩やチャート、火山島であった玄武岩などが混ざっている。そのため、四万十帯分布地域では深層崩壊が生じやすく、今回の12号台風でもこの地層分布地域で大きな被害が生じた。この四万十帯の地層は中央構造線以南に広く分布しており、今回被害の多かった紀伊山地から南四国の山地、南九州山地と広く分布している。

 

4.深層崩壊を発生しやすい地形
地形的に見るとどのような場所に生じるのであろうか。まず、斜面が発達する場所、すなわち斜面が多い隆起山地があることである。深層崩壊は隆起帯で生じやすいのである。特に、最近、すなわち第四紀(約182万年前以降)に隆起した山地で生じやすい。このような地域は構造地帯、例えば中央構造線フォッサマグナなどの地帯である。


さらに細かく見ると、地形的には雨水が集水しやすい集水面積が多い地域すなわち流域面積が広い河川上流部で、しかも比高差が大きい地域で生じやすい。紀伊山地はいずれもこの地形要因を満たしている。

 

5.深層崩壊の分布
深層崩壊は2009年にようやく本格調査が始まり、2010年に深層崩壊推定頻度マップが国土交通省砂防部や土木研究所から発表された。それによれば、中央構造線の南部に位置する南九州、南四国、紀伊山地フォッサマグナの西南部の日本アルプス付近、東日本では新潟朝日山地などである。なお、これまで、我国での深層崩壊の例としては崩壊土砂が10万立方?以上のものは約122例が知られており、平成9年の鹿児島県、針原川土石流災害(約15万立方?、連続雨量400ミリ)、平成17年の宮崎県の耳川天然ダム(約300万立方?、連続雨量1300ミリ)などが典型である(国土交通省、2010)。また、深層崩壊は隆起をおこさせる構造帯を有する台湾やニュージランドでも発生しており、台湾では2年前に大規模な深層崩壊で村ごと土砂にのみこまれ、約500名近くの死者をだした。


  
6.深層崩壊を生じさせる降雨量と深層崩壊の危険度ランク調査
次に深層崩壊の主な外的要因である雨量についてみると、深層崩壊では短時間での雨量より長時間での雨量で発生するケースが大部分で、連続雨量が400ミリを超えると発生するケースが高くなる。10年単位で見ると、地球温暖化などで、上記雨量を越すケースが多くなり、深層崩壊は増加傾向にあると言える。今回の台風12号でも1000ミリを越える連続雨量が深層崩壊を準備し、末期での短時間での豪雨が深層崩壊の引き金を引いたと言えよう。


深層崩壊の予測はきわめて困難で、予見不能であるが、詳細な調査で危険箇所のハザードマップなど情報伝達が急がれる。そこで、国土交通省砂防部(2010年)では、各地の渓流を調査し、深層崩壊の危険箇所の洗い出しを行ってきている。危険項目として、まず過去に深層崩壊の発生実績があるかないかを調べ、次に水の外力である集水面積と勾配を調べ、さらに、クリープやクラックなどの有無を調査し、3つ以上該当すればランクAとし、2つが該当すればランクB、1つが該当すればランクCなど危険度を渓流ごとに判定し、監視にあたる方法をとっているが、まだ調査は完了していない。

 

 

7.深層崩壊による天然ダムの危険性とその対策
深層崩壊により大量の土砂が河川に流出した結果、河川を堰き止め、天然ダムが形成される。そして、その天燃ダムの提体は大量の水を含むためきわめて脆く、越水による浸食や提体途中の湧水などで容易に決壊する結果、大規模な土石流を発生させ、2次災害を引き起こすことが多い。実際、今回の深層崩壊で14もの天然ダムが見いだされている。これらが今後の降雨で決壊すると、土砂量やせきとめた水量の規模が大規模なため、大規模土石流が発生し、下流に甚大な被害を生じさせる。1889年の十津川大水害でも、天然ダムがダム発生から17日後に決壊し、大きな被害を与えている。


対策としては、越水が天然ダム決壊の主な原因なので、そのためには、ポンプで水をくみ出し、さらに、排水路をつくり徐々に水を抜き取るなど、水位を下げる工事が急がれる。工事は工事用の道路も必要なので、かなり長期間を要するので、その間、土石流が生じれば警報が鳴るなどのワイヤセンサーの設置も求められる。また、決壊を予測するために、水位を恒常的に測り、提体からの水漏れや提体に変状をきたしていないかなどカメラで監視し、下流住民にいち早く知らせるシステムの構築が大切である。山古志村での天燃ダム工事では年単位近くの時間と約80億もの費用を有した。


なお、今回の災害では自治体からの避難勧告や避難指示が遅れ、多くの犠牲者がでた。似たような状況は兵庫県西南部の佐用豪雨災害でも見られた。具体的な各地区での雨量や水位などの現状把握ができなかったのであろう。佐用町で見られたように、合併による広域化や職員削減が大きく関係していると思われる。