兵庫県震災復興研究センター

阪神・淡路大震災の直後の大混乱の中で、いち早く被災者の暮らしの復旧、被災地の復興を目標として、日本科学者会議兵庫支部と兵庫県労働運動総合研究所が共同で個人補償の実施を中心内容とした「震災復興のための提言」を1月 29日に国と被災自治体に提出しました。そして、この2つの研究機関を母体に1995年4月22日、兵庫県震災復興研究センター(震災研究センター)が設立されました。

10・15兵庫労働総研/企業(会社)のあり方研究会の報告

◆10・15第1回研究会には8人(企業経営者、労働者、裁判所書記官、建築家、研究者)が参加し、2時間余り、途切れることなく参加者全員が議論に参加し、研究会を継続することを確認して散会しました。下記は、報告者の佐藤真人氏(関西大学経済学部教授)の報告レジュメと討論の質疑・応答(概要)です。
◆第2回研究会は、北野正一氏(兵庫県立大学経済学部教授)に「企業のタイプ別分析−国際比較−」(仮題)というテーマでご報告いただきます。日程につきましては、これから調整し改めてご案内します。

 

 

1.報告レジュメ

           企業について考えていること

佐藤 真人(兵庫労働総研、関西大学経済学部)
2008/10/15


 始めに一番基本的な自分の設問を述べる。資本主義のいろいろな問題を、症状を緩和するだけでなく、その原因を取り除こうとすれば、社会主義でなければならない理由は何か。大体、次のように要約できる。あるいは、そもそも議論をその辺りから始める。
 資本主義のいろいろな問題(貧困、格差、等々)の原因は、結局、生産の社会的性格(社会的分業の発達)と生産手段の私的占有制の矛盾、不適合にある。これを解消するには両者を適合させなければならない。生産の社会的性格を生産手段の私的占有制に合わせるのは、人類を生かす道ではない(反動的である)。だから人類が生きる道は生産手段の所有制度を生産の社会的性格に合わせることである。つまり生産手段の私的占有制を社会的所有制にすることである。
 もう少し具体的に言い換える。資本主義の特徴は生産手段の独占的私有制と社会的分業である。生産手段の独占的私有制の単位の内部(1社内)では、大規模な協業が計画的に組織されている(=ある意味で、十分社会的である)。ただ社会的分業のなかでは、相互に孤立し市場によって調整される(市場経済)。この不適合が資本主義の諸悪の根源なのだから、社会全体での分業を1社内での協業のように計画的にすればよい(生産の社会化と略称)。
この主張は古典的だが、大変、説得的である。因みに、もう一つの古典的基本命題「利潤の必要条件は搾取にあり、剰余労働の搾取にあり」の主張は、『資本論』は決して説得的ではない(価値と価格のずれがあるから、なお置塩信雄の論証はこれに依存しない)。また生産の社会化の必要性は、「搾取」に依存しない。
 この主張の現在での各論は、1社内での組織形態の重要性である。生産の社会化は、建前だけでは不十分であることは十分に実証された。ある企業の構成員の自発性、及び関係者(従業員など直接の関係者+消費者、一般市民等、間接の関係者)の納得、支持を得るにはどうすればよいか?これは生産が社会化される前に解決を図るべき課題である。一社内でさえ解決できない問題を社会全体に置き直したときに、どうして解決できるか。
 また、この課題は資本主義の企業(会社)も別の目的から模索している(株式会社の組織-株主、経営者、監査役、分社化など、また企業イメ−ジアップの努力の大きさ)。まして会社でない組織(組合、非営利なんとか等など)においておや。

読書メモ
[1]シュンペ−タ−中山伊知郎東畑精一訳『資本主義・社会主義・民主主義』(1945年、東洋経済新報社
 最後の本。大きい。完全競争をよしとする主流経済学に対し、巨大企業を資本主義の状況への適応として高く評価(マルクスと似た面あり)。資本主義、社会主義が民主主義とも独裁制とも両立することを主張(厳密な定義と歴史についての知識の裏付あり)。
 ただ、社会的分業をどう組織化するかという面への関心が強く、個別企業内の決定のあり方については述べられていない。

[2]『経済』(NO.156, 2008年9月号, 新日本出版社)の特集「企業の社会的責任を問う」
◆角瀬 保雄(かくらい やすお)「企業の社会的責任」(CSR)とは何か」
  インタビュ−「『企業の社会的責任』(CSR)とは何か」に対して。
アメリカとヨ−ロッパの二つの流れがある。前者は独占資本批判(反トラスト法に結実)とそれへの対応を背景に「企業の社会的責任」論が登場。「株主の利益最大化だ」(M.フリ−ドマン)との主張が典型的。後者は、労働運動、社会運動の強さを反映して企業の態度が妥協的。Social Europeという言葉に象徴される。日本の場合はアメリカより。経営者団体の文書と各企業の距離も長い。
 資本のグロ−バル化の下でのCSRの展開、に対して。SRI(社会的責任投資)の経緯を解説。
 CSRランキングをどうみるか、に対して。非正規雇用の評価基準のあいまいさを指摘。企業統治の課題、に対して。公的な規制の重要性を指摘。
 雇用についてのCSR、に対して。ILOの”decent work”を評価、中小企業のCSRのポイントを挙げている。
 多国籍企業の規制、に対して。企業の自主性、自発性の限界、社会的な規制の必要性を指摘。
 典型的な株式会社ではない、非営利組織のいろいろ、生協、事業型NPO社会的企業、などを紹介。

◆島 弘「株式会社と『社会的責任』論の系譜」
 株式会社は大規模生産を組織する優れた制度であるが、その側面だけを説明し根拠付ける弁護論に対して、その目的があくまで私的利益の追求であることを強調。日本の場合、他の先進資本主義に比し株主の利益が無視されること、及びその歴史的背景を述べる。株式会社の弁護論として、コ−スの取引費用節約論を紹介。
等、主張は理解できるが、問題意識はズレる。社会的規制の強調対それだけでは済まない。

◆奥村 宏『株式会社に社会的責任はあるか』(岩波書店、2006年)
 有限責任制の故に、責任が取れない組織である。それが重要な働きをしていることが現代資本主義の問題である。だから株式会社に変わる組織が必要だ。

佐藤真人無限責任なら責任が取れるか。取りきれない。株式会社は責任を小口に分散させたから責 任の所在をごまかしやすくし、問題を拡大させただけだ。

2.質疑・応答
【北野正一】
○「中央政府の政策をどうするか、というよりも企業とコミュニティをどうするかが重要だ」という問題関心を持っている。経済学のこれからの課題は企業と地域だ。
○経済構造としては、企業と企業の関係と企業内の関係との二面が重要だ。後者の企業と企業の関係については、計画経済か、市場かの選択があるとされたが、市場が良いと決着した、と思う。企業内のあり方を改革して、市場社会主義を構想するのが良い。
○企業の中をどうするか、が重要だ。自主管理、かってのユーゴスラヴィアを教訓とする。かって計画経済の観点からこれを批判する意見が多かった。
ドラッカーは言う:世界恐慌の時(1929年)、IBMは、解雇しなかったが、これがIBMの高成績を支えた。経営者と労働層の協調した企業像が大切だ、日本の企業はこれに近い、という。松下幸之助は、雇用維持、運命共同体論を出した・・・日本的経営の典型。
○イタリア、アメリカ、日本の企業、そして経済社会のタイプに長期雇用かどうか、が大きな影響を及ぼした。これを解明し、日本の特徴(構造特殊性=「資本主義」の多様性、種差)の元での労働運動のあり方を構想すべきだ。いまだに欧米模倣の観点や理論で日本の現状をつかもうとする発想が多く、混乱している。
○「説明できないこと、分からないこと」は、採用すべきでない、ということ。政府の説明が難しい以上、政府に多くを期待すべきでない。スターリン毛沢東が路線を誤った、リーダー次第などというのは英雄史観であって、科学ではない。

【藤田明史】
佐藤真人報告の「企業における社会主義」、ポイントだ。
○シュンペ−タ−の社会主義と民主主義の組み合わせの具体例は?議会制民主主義の下での社会主義。かってオーストリア、ハンガリ−において。 
○生産単位での民主主義と社会主義の問題は重要。
○大企業に20年勤めたが、企業の中には自由がない。不自由であった。
○「住友金属、万歳!」の三唱や選挙運動に駆り出される。次第に「自己規制」をし出す。
○「もっと自由にできる組織ができないか」という問題意識を持っている。

【北野正一】
○日本企業のあり方として、長期雇用が基盤になり、これは労働者の利益の基盤ではあるが、それが企業主義や、「全人格的埋没の滅私奉公」を生み出す基盤ともなる。長期雇用を基盤とした企業の内部構造を解明し、自立と連帯を保証できる改革像を提示すべし。

【田中保三】
阪神・淡路大震災の時、物量を考えたら無理であった。責任とは、力を持っている者が義務を負う、ということ。労働者が適正在庫の判断や借入額の決定等を決定する能力を持っていない現状では、経営と労働との役割分担に基づく協調した企業経営が重要だ。ここでは「搾取」ということは、通用しないのではないか。
○震災後、安売り→タタキ売りがはやりだした。競争的な中に協力的(協調的)なことを採り入れることが必要ではないか。
○4年前の台風23号の後から、出石にボランティアに行き出してから、農作業をするようになった。
  土曜日、日曜日を利用している。なかなか楽しい。

【藤田明史】
○私が会社生活で「不自由さ」を感じてきたのは、私の個人的な「思想」のなかに企業の「規律」が無遠慮に侵入してきたからだと思います(「万歳」や「選挙応援」などの形で)。なぜ、このようなことがありうるのか?
ひとつには、会社の「内」と「外」との間に非常に厚い壁があるからのような気がします(「鬼は〜外、福は〜内!」)。
 田中保三さんの話で面白かったのは、震災の大災害の後で、この暑い壁がふっと無くなり、同時に経営者も労働者も「自由」になり、今まで気付かなかった「協力」という要素が会社復興の大きな力となったのでは、と感じたからでした。ここでいう「協力」とは、経営者も労働者も対等な立場に立ってのそれ。下請けを「協力会社」と言いますが、その意味ではありません。
 ところで、内・外の区別が強いとは何を意味するか?
「内」=「社会」、「外」=「非社会」を意味するのではないだろうか?だから、「内」と「外」との格差がとてつもなく大きいのではないだろうか?「内」と「外」との区別を無くしていくこと、そこに新たな「社会」の発見の可能性があり、「社会主義」の問題もあるのではないだろうか?
○論点は、市場(マーケット)のこと、親会社と子会社のこと、組織の中でのリーダーシップの発揮と協調をどのようにするのか、などではないか。

【奥田信也】
○裁判所に勤めている。効率化が叫ばれ、裁判所の職場もギスギスしている。

【黒田達雄】
○本年3月、兵庫県庁を定年1年前に退職し、建築設計事務所(株式会社)を開設し、コミュニティのことを研究している。

【大谷健造】
三菱電機の関連会社に勤めている。最近は、「経験と勘」が継承されなくなって、何事もマニュアル通りにやっている。
○企業は、「経験と勘」については管理することができない。
○次回からは、企業(会社)の実情をもうちょっと言います。「成果主義」「サービス残業」「正規・非正規の問題」等も話題にできればと思います。もちろん格差と貧困も。

【出口俊一】
○現下の世界的な金融危機をどのように克服していくのか、経済学者の話しを聞きたい。
○今回の「企業のあり方を考える」というテーマには、事前に関心が寄せられ、資料がほしいとの注文があった。
○「株式会社」という組織形態について、これからの社会では、「株式会社」は残っていくのだろうか。

佐藤真人
○最近、NPOなどが流行りだが、やはり「株式会社」でないとダメではないかと思う。
○巨大株式会社の今後の役割は?ますます大きくなる。大、中、小企業、非営利組織、等々は「隙間を埋める」意味で必要だが。将来の生産を支えるのは超巨大株式会社だ。
                                                    以 上
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